主日礼拝説教要旨

2012年5月6日 主日礼拝 ヨハネ森啓一牧師

テモテへの手紙第1 6章11節~21節

11~16節はパウロがテモテに対して語っています。 [11節] 神の人とは、神の働きのために召された奉仕者のことであり、ここではテモテを指しています。 これらのこと、すなわち偽教師の言動や生活(高慢、利得主義)を避け、 正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。 つまり、神が私たちに与えて下さるものを求めなさいと言っています。  [12節] 信仰の戦いとは、永遠の命を獲得するための戦いです。 多くの人がキリストに出会って、永遠の命を得るためにテモテは召されているとパウロは言っています。 また、ここで、告白したと言っていますが、これはテモテが、イエス・キリストを信じる時にした告白ではなく、バプテスマを受ける時にした、信仰の告白と思われます 当時、信仰告白をすることは、皇帝礼拝をやめることであり、ある意味、死を意識しなければなりませんでした。  [13~16節] 十字架にかかられる時、ご自身がメシヤであることをピラトの前で、はっきり告白したキリストと神の御前で、テモテにキリストの再臨まで召しを全うしなさいと言っています。 私たち一人ひとりも、永遠の命の完成に向けて召された者です。 私たちの命はもはや 私たちのものではなく、神のものです。 神のために働くように召されているのです。  [17~19節] ここは、この世で富んでいる人たちに言っています。 エペソ教会には裕福な人たちが多くいたと思われます。 富、財産は不確かなものです。多くの人たちは見えるものに望みをおきやすいですが、そこに望みをおくのではなく、神に望みをおくように言っています。 富は神の働きをするために与えられているのです。従って、人の益を計り、良い行いに富み、惜しまずに施し、喜んで分けあたえなさいと言っています。 この地上では、神に聞いて従い、財産に望みをおくのではなく神と神の言葉に希望をおき 天に宝を積むことが大切です。  [20~21節] 霊知とはギリシャ語でグノーシス、愚かな知恵という意味です。 俗悪なむだ話や間違った知恵や教えを避けなさいと言っています。 永遠の命を妨げる間違った知恵や教えに、私たちは立ち向かっていかなければなりません。  終わりの時代、多くの人々の救いのために、神は教会を用い、私たちを用いて下さいます。 私たちが召しや使命に対し、正しく主に従っていくことは大切です。 私たちが希望をおくのは神の言葉です。  (文 青木)