主日礼拝メッセージ要旨

2012年4月8日 主日礼拝 ヨハネ森啓一牧師

テモテへの手紙4章1節~16節

テモテの牧会している教会に、偽教師がサタンの教えを入れてきました。サタンの教えとは偽りのことば。サタンの教えは人々を惑わし 信仰から離れさせ 人々をマイナスに導いてしまいます。偽りのことばに対して 私たちは神のことばで立ち向かっていく必要があります。イエス様は荒野でサタンの試みにあわれた時 神のことばで打ち勝ったのです。  
6節の「教える」とは 「泥の道の中に石を置く」という意味があります。汚れたものの中で、正しい教えを置いていくということ。正しい教えの上を歩いて行くなら 汚れることはないのです。この世には 神のことばにぶつかるものがたくさんあります。見分けが必要です。神のことばや教えにぶつかるものは 避けなければなりません。また神のことばは 信仰を持って受け止めないと 実質が現わされません。信じて用いる時 神の栄光が現わされるのです。  7節肉体の「鍛錬」は大事です。しかし肉体の鍛錬よりも 敬虔のための鍛錬はすべてに有益なのです。敬虔のための鍛錬とは、霊的な鍛錬つまり信仰を用いること。祈りや聖書を読む 感謝 賛美をしていくことが すべてに有益となるのです  
テモテが牧会に立った時は30代でした。 教会の中で 若いテモテが引いてしまうような状況があったと思われます。そんなテモテにパウロは、信仰の歩みをするならば、テモテを通して人々は神を見 神の祝福を見ていくのだと それが重要であると、だから模範になりなさいと教えています。  
当時聖書は貴重品でした。誰でも持てるものではなかったのです。そのため教会で朗読することは、非常に重要でした。「御ことばの糧を蓄える」御ことばの糧は蓄えれば蓄えるほど、祝福されるのです。御ことばが 生活の中で働きだすのです。だから牧会者として 聖書の朗読と勧めと教えが最も優先すべきことなのです。  テモテには賜物が与えられていました。賜物の働きは 召しと深い関係があります。賜物を用いて 神の働きを進めていくことが神の御心です。更に自分が体験していることをなし続け、自分が学んだこと受けた祝福を人々に流していくことが 人々を救いへ導くことができるのです。(小川)